養老孟司【バカの壁】を読んで・・・
- 2010/04/11(Sun) -
バカの壁 (新潮新書)/養老 孟司



¥714

Amazon.co.jp





「人間というものは、結局自分の脳に入ることしか理解できない」、これが著者の言うところの「バカの壁」であるらしい。
 
 デカルトの言葉にある「我思うゆえに我あり」とあるが、その「我」を構築するのに自分の脳に入る事だけを取り入れていると 作者の言うバカになってしまうのだろう。
 
「我」を作るためには多数の「我以外」からの情報が必要となる。
それは乳幼児の時に親か教わる生き方なども入る。
 
 




 大人になって大概の事を知りうるようになっているにも関わらず、その権利を行使しない場合もある。
それは成長を自ら望まないという意思の表れとなってしまう。
 
他人の意見を聞く、新しいものを見る、などを経験しそれを「我」が受け入れるかどうかはその時次第。
だが、それを経験しなければ受け入れるかどうかの選択肢すら生まれない。
何かをやりたい、と思うだけなら誰でも出来るが「何かをやりきった」人は必ずしも思うだけでなく行動に移している。
 
万物は流転しているのだからこそ、常に「我」を流転の渦中におかなければ流転している事すら気づけない。
 
書かれている内容が正しい事か正しくない事かが重要なのではなく、それを気づく事が出来ただけでこの本を読む価値があったのだろう。
 


常に心に刻んでいる言葉、「無知の知」
 
「我」は何も知らないので常に知りたいがために流転する




ブログRankingへ応援もよろしくお願いします!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事のURL | 読書 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
芳沢光雄【数学的思考法】を読んで・・・
- 2010/03/27(Sat) -
数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書/芳沢 光雄



¥735

Amazon.co.jp




 「嫌いな教科はなんですか?」

という質問に対して「数学(算数)」という人が多いようなイメージを持つ。

その理由は「数学(算数)なんて将来社会に出ても必要がない」というイメージを持っている人も多いのではないだろうか?

しかし、実際に数学や算数(以下、省略して数学とします)は社会に出てからも私生活でも非常に使う機会は多い。


容疑者Xの献身では、犯人役は数学教師だったせいもあり、教師が生徒に数学に興味を持たせるために将来の仕事(この場合は、バイク好きの生徒に対してレースで最短のコース取りを計算によって導き出す手法を説明した)で使用する事を話した。

また、他の本でガリレオ先生は自分の位置から見えるビルまでの距離を、自分の指を立てて、そのの長さとビルを直角にしてビルの大体の高さを三角形の法則で割り出した。

また、私事ではあるが、パチスロやパチンコの出玉の設計値には数学とエクセルの知識が必要であり、それが不足している事が弱点である。



他にも、ギャンブルが好きな人なら、例えば宝くじの期待値などの割り出し方。

もっと簡単な事としては、目的地までに費やす時間から逆算して出発する時間を決める、なども簡単な算数を使っている。

数学は意外と身近な存在。








 しかし、この本を読んでさらに重要な自体に気づかされる。

それがモノの考え方に対する数学の重要性だ。

本の全体として、日本における数学の教育内容の問題点が指摘され、注意勧告を促している。

数学と言えば「答えが○○となれば正解」というただ一つの解を導き出すように思われがちだが、数学の教育の本質はそれだけではない。


例えば大人になってから分数の計算が確実に出来るだろうか?


1/2+1/3=2/5 ではない。

なぜだか説明が出来るだろうか?









 大人にとっては、昔に分数の計算を勉強した時にどういった覚え方をしたか。

なんとなく言われたままに、やっていただけだと忘れてしまう数の本質がある。

<なぜそうなるのか>

それを考えて学んでいないと、その先に応用する事が出来なくなる。

一夜漬けで覚える。 暗記だけでやりすごす。

そうすると、考えて解を出すのではなく、ただ答えを示すだけになる。

しかし、それでテストの成績はよくなるのでOK。  

それが日本の教育となってしまっている。








<なぜそうなるのか> それを理解してこそ、応用が利く。

そして、試行錯誤して論理を組み立てる。 それがぼくの目指す論理的思考への近道。


言葉は違えど、過去の偉人達が残した言葉にも「考えること・想像する事」が大事だと言い残している人は多い。

それはつまり真実に近い意味の証明かと思われる。

どんな事でも、ただ受けとるだけではなく、一度考え、試行錯誤して、そして受け入れる姿勢がなによりも必要であろう。


以上で「数学的思考法」の読書感想文を終了します。



ブログRankingへ応援もよろしくお願いします!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事のURL | 読書 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
小阪裕司【「感性」のマーケティング】を読んで・・・
- 2010/03/20(Sat) -
「感性」のマーケティング 心と行動を読み解き、顧客をつかむ (PHPビジネス新書)/小阪 裕司



¥840

Amazon.co.jp



 感性とは、美や善などの評価判断に関する印象の内包的な意味を知覚する能力と言える。これは非言語的、無意識的、直感的なものであり、例えば何らかの音楽に違和感を覚えるように人間に作用することもある。感性についての研究は古くは美学や認識論、また認知心理学や芸術学などで行われてきたものであり、歴史的には19世紀に心理学者フェヒナーが黄金比についての実験美学研究にその起源を求めることもできる。


WIKIより引用

 最近、一般的に「なんとなく良い」というものを狙って作り出したいと思っている。
だが、それはどういった方向性が正しいのだろうか、と疑問に思っていた。

この本を読んでいるうちに「あ、これってジャグラーと海物語のヒットの原因が明記されているかもしれない」という感覚を得た。







 筆者の考え方(本に記載されている事)、「感性をあつかうマーケティング」の方法が書かれている。
感性を見て、扱い、ビジネスを組み立て、狙い、取り組み、結果を出す。
これらが順をおって書かれている。

わかりやすく一例をだすと、例えば高級感のある車の感性からの訴求。どこかで聞いた事ある人もいるかもしれない。
高級車は性能が良いのは当たり前だが、それ以上に訴えかける必要な部分がある。
その一つがドアの開け閉め。
ドアを開ける時に重過ぎても軽すぎてもよくない。
「高級な車と感じるのはどういったものかの研究によると、普通にスッと閉まっては高級感がないのだそうだ。
最初はスッと動いて、いったんグッと重くなって、そのあたりからスーッと滑るように動いて、次に閉まるときには音が二重必要だと。
「バンッ」という音ではなくて「バックン」と言わないと、「ああ、高級な車だな」という感じがしない。」


こういった研究をしているのが「感性工学」というらしい。


他にも生理的な快以上に心理的な快を好む、など。
場合によっては、非合理的ゆえに意味不明に見えることも、商品だけを見るのではなくそれを購入する人を見る事で変わるマーケティングがある、というような話。
たしかに、オープンカフェとかって四季がある日本では雨や冬には生理的には不快だが、普通に流行っている。
それは生理的な快以上に心理的に「オープンカフェってなんとなくいいよね」という快があるから、という記述には納得するしかない。









 後半の章、「今、結果を出していくための三つの重要な取り組み」の中でジャグラーの事が頭に浮かんだ。
現在5号機でトップシェアを誇るジャグラーシリーズ。
なぜこうなったのか。

色々な人が色々な意見で現在の理由を述べてはいるだろうが、個人的に完全納得をする理由というのが見つからなかった。
同様に、海物語についても完全に納得のする理由とならなかった。

両機種共に自分が好んで打っている機種だけに、なぜこうなったのかという理由を突き詰めたく長年考えている。
そして糧として自分でもそういった機種を世に出したい! という野望。

今までは自分で行き着いた理由に対して無理やり納得していた。
だが、もっと理論的な考え方がなければ再現をする方法があやふや。
闇雲に数を撃つだけでなく、正しい方向性に進む道標がない状態だった。

しかしこの本に重大なヒントがあった!








 大きなくくりとして、重要な事は「感性脳」というもの。
感性脳とは、顧客にとって「なんとなく良い」と感じる事。

つまり現状のジャグラーで言えば「なんとなく勝てる」と思わせる事が出来ている事が現状を示している。
ではなぜそうなったのか。

「伝道力」
これはここがいい、という事をいかにして伝道するか。
伝道とは伝達とは違い「道を伝える」と書く。
ただ伝えるだけでなく、導いてやる事が重要。
個別の感性に対応するのではなく、感性の育成の中心は伝道力と筆者は言っている。

時代がどんどんかわっていくなか、変わらない事でカッコたる地位を得たジャグラー。
ここがぺカればいいですよ!という事を伝え続け、時代に流される事なく変わらなかった。
ひたすらに伝え続けた結果が今。


「感性脳を育てる」
人はいいものを体感すると、脳がそれを記憶してそれ以下と感じるものを「なんとなく悪い」と思ってしまう。
それは、専門家ならば「ここの照明が暗い」とか「BGMが大きすぎる」とか気づく所でも、一般の顧客は意識しないで感覚として受け取ってしまう。
ジャグラーは最初から今まで基本の仕様が変わらない。
他の機種があっちこっちと新スペックなどで様変わりしても変わらない事により、ジャグラーにおける感覚脳が育っていっている。



「人間的なコミュニケーションに大切な2つ」
人間ではないけれど・・・
1、単純接触の原理
2、自分のことを語る

単純接触とは、商談相手が1年に一度しか会わないような人だと、その間にビジネス以外の人間的な付き合いがなければ久しぶりに会ったときには「最近どうですか?」と様子を伺うところからスタートする。
これが、ビジネス以外で、例えばメールなどでちょくちょく連絡を取るとする。
その内容はビジネスではなく人間的な「最近ペットを飼いました」のような自分を語るような内容。
そうすると、実際に会うのは1年ぶりとかでも、身近な存在として再開が出来る。

ジャグラーは、ここ数年常にホールにあった。
それこそ4号機の技術介入時代から。
単純接触を行い続けている唯一の機械かもしれない。



その他にもジャグラーにあてはまる内容がいくつもあった。
これが理論的なのかといえばわからいが、他のヒット商品やサービスと合い通じる部分があるという証明が出来る事がとても大きい。
「時代の風がふいた」とか「波に乗った」というなんとなくの理由を明白に出来る。

理由が明確に出来れば、それを狙う事が出来る可能性が飛躍的に上昇する。








 「つべこべ言わずに面白い機種をつくれよ!」

そういうツッコミが聞こえそうだが・・・
性格的に何かにつけてもこういった理由を求めてそれを追う事を目標としてしまう。
だけど、実際この業界にはそういった考えをしている人間、特に開発側が少ないのでは、と疑問に思う。

それこそ感性のみで、なんとなく面白いものを求めている気がする。
ネットの世界ではないが、しっかりとしたソースがなければ理由がはっきりとしていない。 つまりなんとなくやっているだけ。
必ずヒットする商品の方向性があるはず。  それを考え、探す事を自分の命題として本を読んでいる。

しかし、残念な事にこうやって自分で少しずつ導き出す答えへの途中式を話す相手がほとんどいない。
この意見に対し、紳士に話し合い間違いを正してくれるような上司が欲しい。 
そういう人とともに働きたいなぁ
 
別に愚痴ではないです。 ただの希望です。
そういう事は人頼みではなく、自分で学んでいくのが一番の得作かもしれないが・・・


ブログRankingへ応援もよろしくお願いします!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事のURL | 読書 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
東野圭吾作品【聖女の救済】を読んで・・・
- 2010/03/13(Sat) -
聖女の救済/東野 圭吾



¥1,700

Amazon.co.jp



 おそらく君たちは負ける。


 僕もかてない


 これは完全犯罪だ。





 本に巻きついている帯にも書かれているガリレオ先生から発せられたこの一文。


読み進めていくと、中盤に登場するこの一文。


この一文を読んだ時、純粋にわくわくした。



これから先、どうやって事件は解明されるのだろうか・・・







 容疑者Xの献身からはじまったマイブーム「ガリレオ」


基本的に読む本は、持ち運びに優れている点を考慮して文庫本のため、本屋を巡って全てのガリレオ作品を読んだものだと思っていた。


しかし、ネットで検索してみるとまだ読んでいないガリレオシリーズがある事が判明される。 しかも2作品も!



文庫本で発売されるのを待つか。  いや 無理だ。 待てない!



ハードカバーサイズで購入した読み残しているガリレオシリーズ2作品の中の一つがこの「聖女の救済」だった。






東野圭吾のガリレオシリーズは「探偵ガリレオ」「予知夢」「容疑者Xの献身」「聖女の救済」「ガリレオの苦悩」の5作品だが、長編は「容疑者Xの献身」と「聖女の救済」のみ。


他3作品は短編集となっている。



この作品を読み終え思う。 やっぱりガリレオシリーズの長編は最高作品だ! と。





 読んでいてやめられない!


基本的にはそういった性格ではなく、ある程度読んで「今日はここまででいいや」となるタイプなので、時間をかけて1冊読破するのが通常だが、これは無理。


眠る前の読書タイムに、眠気と戦いながら一気に読み進めてしまった。


とはいっても3日だが。



読んでいて先が気になって仕方がない!


これがミステリーの醍醐味なんだな、と本気で思う。






 そしてこの作品を読んで気づく。


当初、東野圭吾はガリレオ先生のモデルを「佐野史郎」として書いていたが、容疑者Xの献身のムービー化で福山雅治が演じてからはモデルを「福山雅治」として書いているらしい。



そのせいか、少しだけキャラが変わったように感じる場面がある。



だが、ガリレオ先生こと湯川准教授の性格やものの考え方は魅力的なのには変わりない。



次のガリレオ先生の長編に期待しつつ待つことにしよう。






ブログRankingへ応援もよろしくお願いします!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事のURL | 読書 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
伊坂幸太郎作品【ラッシュライフ】を読んで・・・
- 2010/03/06(Sat) -

ラッシュライフ (新潮文庫)/伊坂 幸太郎



¥660

Amazon.co.jp



 伊坂幸太郎のラッシュライフ。 「今読みたい本」として店頭に並んでいたので購入。
去年映画化されたらしいので、イメージ的には最近の作品かと思っていたんだけど、本が発行されたのは8年前だと読み終わってから気づいた。

いくつものストーリーが展開されつつ、気が付いたらそれぞれのストーリーが微妙にすれ違う。
誰もが気づいているようで気づかない自分以外の他人、それぞれの人生にそれぞれの悩みや希望がある。
例えば電車に乗って都心に行くと、何百人、何千人という人とすれ違うが普段はその人たちの事を全て考えたりする事はない。
見えているようで見えていない自分以外の大多数の人達。

その中の一部の人たちのストーリー。 世の中には本当に色々な人がいる!
「人生より面白いドラマはない」と誰か偉い人が言ったような言っていないような。
ドラマは最後まで見続けなくては結果はわからない。






 伊坂幸太郎の作品は他に「アヒルと鴨のコインロッカー」を読んだが、正直あまり面白いとは思わなかった。
しかし、世間的に人気のある伊坂幸太郎作品。

本当は自分の好きなもの、好きな事だけをやっていたいのが本心。
だけど、そうすると自分と世間のズレというものに気づくチャンスを失ってしまう。
それでもいいよ!と思ったり、別にそこまで考えなくてもいいよ!と思う心はあるんだけど、少しでも気になった事は実行して試してみたい。
自分が世間一般の大多数と嗜好や思考が違う、という認識があるだけに考える。 

スタンダードを知ってこそ、基本を身に付けてこそ応用の意味がある。

だからこそ、本屋にいって何が注目されているか、何が売れているのかを見て、それから読む本を探したりする。
嫌々読むとなると趣味の範囲を超えてしまうので、そこらへんは妥協して嫌々にならないジャンルや内容を選びますが・・・






いったいこの本を読んだ人は、どういった事を考えながら読んでいるんだろうか。
どういった感想をもったのだろうか。

個人的には、こういった内容は何故か自分の現実と未来を考えてしまい、どうにも面白く読み進める感覚が薄くなる。
現実にはありえないが、現実に起こる可能性がありそうな感覚。

リアルを感じるという事は、本を読む上で最上の感想なのかもしれないが・・・・   苦手だ。








ブログRankingへ応援もよろしくお願いします!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事のURL | 読書 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
前ページ | メイン | 次ページ